京都地方裁判所 昭和21年(ワ)228号 判決
原告 岩田甚藏
被告 山崎寅吉
一、主 文
被告は原告に対し京都府南桑田郡篠村大字篠小字上西裏七番地宅地八十二坪の内北部約六十二坪但し東側山陰國道より里道に沿ひて南え十間七分五厘更に西え二間五分更に北え一間五分更に西え四間にして西側同國道より南え九間三分の地点を結ぶ地域内を地上に存在する木造瓦葺平家建(現状中二階建)居宅一棟建坪三十一坪一合八勺木造瓦葺平家物置(牛舎、風呂場、便所等)建坪三坪三合を收去して明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
本判決は原告に於て金一万円を供託するときは仮に執行することが出來る。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に担保を條件とする仮執行の宣言を求め其の請求原因として原告は主文表示の宅地八十二坪並に右地上南西隅に建設しある木造瓦葺平家建納屋一棟建坪十五坪の所有者であるところ原告先代安次郎は右宅地八十二坪及納屋の外に木造藁葺平家建本屋一棟建坪二十一坪(以下滅失家屋と略称する)及木造瓦葺平家建牛小屋便所等建坪三坪三合を所有し右家屋に居住していたが大正十年三月末頃大阪に轉居するに当り被告父山崎嘉吉に対し滅失家屋と牛小屋便所等三坪三合のみを賣渡し其の敷地は之を賃料一ケ年玄米四斗毎年末拂家を再建新築等はしないとの約で同人に賃貸し且前記納屋は無家賃但し修繕は借主たる嘉吉の負担として同人に貸渡した。其の後間もなく嘉吉は被告が分家するに際して被告に本件滅失家屋及牛小屋便所等を贈與し從て被告は嘉吉と原告先代間の前記宅地及納屋に関する貸借関係を承継し原告も亦昭和八年三月六日先代死亡により其の権利義務を承継したものであるところ右宅地賃貸借は次に述べる四の事由のいずれかにより既に消滅している。
然るに被告は原告に無断で約旨に反し右宅地上に主文第一項表示の家屋を新築所有し賃貸借終了による宅地明渡義務を履行しない。即ち、
(一) 本件宅地賃貸借は昭和十四年十二月二十八日より係爭地域に施行された借地法第十七條第一項前段により貸借の日より二十年を経過した昭和十六年三月十日終了したものである。而して当時賃借人たる被告より更新の要求はなかつたから借地法第四條の適用の余地はなく又土地所有者たる原告は次の如き正当事由に基き被告の本件土地使用に対し異議を述べた。從て同法第六條も其の適用を見ないのであつて本件賃貸借は更新されず又新借地権の設定もなかつたものである。其の正当事由と云うのは元來原告家は代々南桑田郡篠村に居住していたのであり原告先代は一旦大阪に轉居しても何時帰郷するのやも知れず又甚藏、種次郎、光治の三男兒があつたので其の内の誰かを此の宅地に帰らす考えであつたから被告父に対し本件宅地を貸與するに際しても家を再建改築等はせぬ條件で又原告の方で必要があれば何時でも明渡すとの契約であり永く被告の建物所有を目的とする趣旨ではなかつたのであり又原告自身は昭和十四年から昭和十七年迄應召していたが其の母は大阪で戰爭の影響を受けて生活に不自由し且原告弟種次郎(当時二十五、六歳)は郷里に帰還し祖先の跡を継ぎ度いと云うていたので原告及び其の母は昭和十六年頃から土地明渡を要求し続けて來た次第であり右の如き事由は借地法第六條第二項、第四條第一項但書に所謂正当事由に該当し從て原告は借地権消滅後借地権者の土地使用に対し正当事由に基き遅滞なく異議を述べたものであつて賃貸期間の更新は爲されていず又新借地権の設定もなされていないものである。
(二) 仮に賃貸借期間が更新されるか又は新借地権の設定が爲されているとしても元來滅失家屋は建築してから百数十年を経た村一番の古い家屋であり原告先代が之を被告父に賣却するに際してもせいぜい十年か十五年の壽命を有するにすぎない老朽家屋であつたので原告先代は大阪に轉居するに際し取毀つ積りであつたのを被告父の懇望により賣却したものであり傾斜腐朽甚しく壁は落ち屋根は破れ柱は虫がつき危險極りなく建替せねば修繕では住めない程度に朽廃していた。だから遅くとも昭和十九年三月頃迄には滅失家屋は朽廃したのであつて借地法第六條、第五條、第二條に依り借地権の消滅したことは明である。
(三) 原告や其の母は既に昭和十六、七年頃から被告に対し本件土地の明渡を要求していたことは前記の如くであるに拘らず被告は原告等の異議を無視し何等其の承諾を得ることなく滅失家屋を取毀つて主文第一項表示の家屋を昭和二十年五月頃新築落成したのであるが右家屋は賃貸借の残存期間(仮に之ありとしても)を超えて存続する建物であり斯る建物は賃貸人に異議ある場合は之を築造し得ないことは借地法第七條により明かであり若し賃借人に於て此の規定に違反した場合は借地権の濫用であつて旧建物の消滅のときに借地権は消滅するものと解すべきである。尤も右(二)(三)の場合に於て前記牛舎便所風呂場三坪三合はなお残存していても之は固より滅失家屋の從物であり本件宅地賃貸借の目的は滅失家屋を居宅として用いる点にあつたのであり本件宅地に関する借地権の消滅は滅失家屋を基準とすべきものであるから牛舎等三坪三合の残存は何等借地権の残存を肯定する理由となるものではない。
(四) 仮に原告の叙上の主張が理由ないとしても被告は毎年支拂うべき地代を昭和十八年一月一日以降延滞しているので原告は昭和二十四年十二月二十七日附内容証明郵便を以て延滞地代を同年同月二十一日午後四時迄に持参支拂うべき旨催告したに拘らず其の支拂をしないから被告に対する貸地の契約は之を解除する(右地代の額は毎年官報に発表されている其の年度の米穀の統制價格を基準として算定すべきものである。)。
叙上いずれの点よりするも本件宅地賃貸借は終了したものである。仍て被告は原告に対し賃貸借終了に基き檀に建築した主文表示の家屋及残存牛舎等を收去し其の敷地を明渡すべき義務があるから其の履行を求める爲め本訴に及ぶ旨陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告が其の主張の宅地八十二坪及び建坪十五坪の納屋一棟の所有者であること、原告先代岩田安次郎は右土地建物の外に原告主張滅失家屋及び建坪三坪三合の牛小屋、便所を所有し右家屋に居住していたが二十余年前大阪市に轉居したこと被告(父山崎嘉吉ではない)が大正十年三月十日原告主張の滅失家屋と牛小屋を原告先代より買受け此の家屋に被告が居住したこと、被告が滅失家屋を取毀つて主文第一項表示の家屋を新築昭和二十年五月頃落成したこと、被告が大正十年三月十日原告先代より本件宅地を賃借し其の賃料が原告主張の如く年玄米四斗の約束であつたこと、原告先代が昭和八年三月六日死亡し原告が家督相続したことはいずれも之を認める。原告主張の其の余の事実は之を爭う。原告は昭和十六年頃から度々土地の明渡を被告に請求したと主張するが斯る事実は全くない。寧ろ其の頃原告は宅地の賣却を被告と交渉していたのである。又本件宅地賃貸借に原告主張のような期限は全然なかつた。即ち本件賃貸借は期限の定のない賃貸借であつて昭和十四年十二月二十八日より係爭地域に施行された借地法第十七條第一項により昭和十六年三月九日期間が満了したことになるが第六條第一項に依り更に二十年間賃貸借期間が存することとなり被告は現在適法なる借地権者である。尚原告は被告に於て昭和十八年分以降地代を支拂わぬと主張するが之は誤で被告は昭和十九年度分迄支拂済であり二十年度分以降支拂つていないのは当初は原告が受領拒絶の意思表示を爲し且玄米四斗の地代は本件宅地全部に関するものであるところ原告復帰後は約三十坪を返還したから減額すべきに拘らず其の協定が出來ていないからであり又昭和十七年七月一日は食糧管理法施行により米穀による支拂は不能となり当然金納となつたわけであるが地代家賃は昭和十三年八月四日現在で其の價格を停止されて居るから金納の額は其の当時の仮に然らずとするも昭和十六年度の米穀價格を基準とすべきであり又昭和二十三年十月十一日以降は同年物價廳告示第一〇一二号昭和二十四年六月一日以降は同第三六八号による地代を適正とするに拘らず原告請求にかゝる地代は其の基準を毎年の米價に置いて居る。斯くては地代家賃統制令の趣旨に反し許さるべきでない。從つて原告の爲した昭和二十四年十二月十七日附催告は数額を定めず且算定の基準を誤つた許されない催告で無効であり從て之を前提とする解除は理由なきものである。仍て原告の請求に應ずることは出來ないと述べた。<立証省略>
三、理 由
原告先代岩田安次郎は原告主張の宅地八十二坪と其の地上に原告主張の滅失家屋及び牛舎並に納屋を所有していたが大阪に轉居するに当り大正十年三月十日滅失家屋及び牛舎を被告に対し(此の点原告は被告父に対し賣渡し從て被告父との間に土地の貸借も行われ後に被告が父より右家屋を讓受け原告先代との間の賃貸借を承継したものであると主張するがいずれにしても其の後間もなく原告先代と被告間に本件賃貸借が存するに至つたことは当事者間爭のないところであるから此の爭点は本件の終局の判断には何等の影響もないわけである。)賣渡すと共に右宅地八十二坪を賃料年玄米四斗の約で賃貸したこと及び原告先代が昭和八年三月六日死亡し原告が家督相続を爲し現在本件宅地の所有者なる事実は当事者間爭はない。又原告先代と被告間の右土地賃貸借の貸主たる地位を原告に於て承継したことは右爭ない事実よりたやすく推認することが出來る。又本件賃貸借期間に関する証人岩田善之助(第一、二回)岩田うの(第一、二回)の証言は原告に於て自認せる昭和十七年度分迄本件宅地に関する年貢を領收している事実に照し又被告本人訊問の際に於ける同人の供述及証人山崎善太郎の証言は原告先代が特に前記納屋(隠居)の所有権を留保した当事者間に爭なき事実に徴しいずれもたやすく信用し難いから本件宅地賃貸借の期間は結局其の定めのなかつたものと認定するの外はない(原告本人訊問の際の同人の建物一代限りなる趣旨の供述があるが仮に其の通りであつても以下に於て結論するところと結論に於て異らない)。そこで原告主張の右賃貸借終了原因の有無につき判断する。
(一) 原告主張の(一)の終了原因事実に関する原告本人訊問の結果及証人岩田うのの第一、二回証言中此の事実に符合する部分はたやすく信用し難く他に之を認むべき証拠はない。寧ろ却て証人岩田善之助の第一回証言に依れば原告方は昭和十八、九年頃に至り太平洋戰爭の深刻化に伴い大都市居住の不便と危險を避け郷里に疎開する爲め本件土地の明渡を求め始めたものと認定するのが当時の社会状勢に適合するのであり原告が其の主張自体昭和十七年度分迄の年貢を受領していることを自認している事実とも対比し右(一)の主張の如く原告が昭和十六年三月頃(太平洋戰爭前)被告に於て本件土地を継続して使用することに対し遅滞なく異議を述べ而も此の異議に原告主張の如き正当の事由があつたとは到底認め難い。從て本件賃貸借は原告主張の如く昭和十六年三月一應終了したことは当然であるが被告が終了後引続いて其の土地を使用し且建物があつたことは当事者双方の主張に照し明かな事実であるから被告より契約の更新の要求の有無に関係なく借地法第六條により同一條件を以て更に借地権を設定したものと看做されるのである。依て此の点に関する被告の抗弁は理由があり原告は右新に設定された借地権に拘束されるから右(一)原告主張は結局に於て理由がない。
(二) 証人岩田善之助(第一、二回)、岩田うの(第一、二回)の各証言(前記信用しない部分を除く)原告本人尋問の結果(同)証人山崎善太郎、証人玉木兼吉、柴田利右衞門、法貴太三郎の各証言及成立に爭のない甲第六号証によると滅失家屋は建築後百年以上を経た藁葺の家屋であり村でも一、二の古いもので柱は腐朽し壁は落ち家全体が十尺に三寸位傾斜し人間の住宅として危險極りないものであり既に通常の修繕では住宅としての効用を維持するに由なき情況であつた事実が認められる(右認定に反する被告本人訊問の結果及証人山崎しかの証言は信用し難い)。凡そ借地法は我國人口の増加に伴う土地の狹隘、建築資材の貧困等の爲め建物の所有を目的とする借地権者を保護することが國民経済生活の安定に資するところあるが故に制定されたものである。それは借地上に存する建物の保護を目的とすると共に此の建物が法定の期間内に朽廃以外の原因にて滅失した場合に於てもなお借地権者を保護し直に借地権が消滅することなからしめている。而し乍ら一度び建物が朽廃せんか借地法上の保護は直に失われ法定の期間内と雖も借地権は消滅するのである。之本來建物の所有を目的とする借地権は借地法施行前より特段の事由なき限り其の建物の通常の生命と共に消滅するものと解することが合理的であると考えられていたからである。同法第二條第一項但書に云うところの朽廃なる字句は叙上の借地法の立法精神から其の意味を解しなければならぬ。それは到壞を意味するのではなく又物理上居住其の他使用の不可能を意味するのでもない。即ちそれの意味するものは腐朽、廃頽により社会通念上其の使用目的に適する價値を喪失したものと認めらるべき場合を云うものと解すべきである。蓋し斯る價値を有して居てこそ其の家屋を保護することが國民経済の目的上望ましいことであるが斯る價値のないものを保護することは土地所有権者に対し無用の拘束を加える結果となり却て國民経済の発展を阻害するが故に外ならぬ。從て又斯る價値の維持は建物に対し通常の経費をかけて爲さるゝことを要し新築に類するが如き改造を加うるにあらざれば其の價値を維持する能わざるに至つた場合俗に云う修繕の効がなくなつた場合は矢張り朽廃したものと云うべきである。されば前記の如き本件滅失家屋の滅失直前の情況は既に朽廃して居たと云うに十分であり仮に然らずとするも其の壽命は旦夕に迫つて居たのであり其の当時より既に約五年を経過した本件最終口頭弁論期日迄には既に朽廃したものと認めるに十分である。而して本件の如く滅失家屋が被告により取毀された(此の点は当事者間に爭はない)場合と雖も借地権は法定の期間内は当然消滅するものでないことは前叙の通りであるが而し借地権は第七條により土地所有者に於て異議なき場合に於て其の期間の延長を受けない限りは(此の点については被告に於て何等の抗弁をも提出しないから判断の限りでない)第六條第五條第二條により新に設定された借地権の二十年の期間内と雖も朽廃により消滅するのであることは既に説明した通りであつて本件の場合の如く朽廃に瀕した建物が取拂われたような場合は其の建物が朽廃したるべかりし時が即ち借地権消滅の時なりと云わねばならぬ。尤も本件消滅家屋の朽廃すべかりし時即ち賃借権消滅の時が主文第一項表示の本件新築家屋の落成後と云うことになると借地人たる被告は借地法第四條第一項但書又は第六條第二項の保護を受け得る地位にあることになるが如くであるが契約の更新請求をした事跡のない本件では第四條の保護を受け得ないのは勿論であり又前記証人岩田善之助(第一、二回)岩田うの(第一、二回)の各証言及原告本人尋問の結果によると原告は遅くとも昭和十七、八年頃から前記の如き事由で土地の明渡を請求し居り被告の本件家屋新築に際しても当時極力之に対し異議を述べたものである事実が認め得られるのみならず終戰後は原告は其の家族と共に帰郷し本件家屋の裏に位置する前記納屋(隠居)に引揚げて來ている事実は口頭弁論の全趣旨に照し明であるから原告一家は右納屋で多大の不便を忍び居り國道に沿うた本件土地の使用の必要を痛感していることは容易に推認することを得、且其の後昭和二十一年本訴を提起し間断なく被告の本件土地使用に異議を述べていることは当裁判所に顕著であつて右の如き場合は被告の借地権消滅後(滅失家屋の朽廃すべかりし時以後)の土地使用につき原告に於て遅滞なく異議を述べ之につき正当の事由ある場合に該当すること明かであり被告は第六條第二項の保護をも受け得ないものと云うべきである。仍て原告の(二)の主張は理由あり本件賃貸借(正確には第六條により新に設定された借地権)は既に消滅していること明である。尤も滅失家屋附属の牛舎便所等三坪三合はなお残存して居るが如くであるが固より之は滅失家屋の從物と認むべきものであつて借地権の消滅は滅失家屋を基準とすべきこと原告主張の通りである。
仍て爾余の爭点につき判断する迄もなく被告は本件宅地賃貸借の終了により原告に対し本件土地上の被告所有家屋及牛舎等を收去し原告に対し該土地を明渡すべき義務あるや明瞭であり其の履行を求むる原告の請求を正当として認容し訴訟費用に付き民事訴訟法第八十九條仮執行宣言に付き同法第百九十六條を適用し主文の通り判決した。
(裁判官 宅間達彦)